文法

-(으)ㄴ/는 셈이다

意味

上級-(eu)n/neun semida

直前に示した事実をまとめ、「結局〜ということだ」「実質〜だ」と結論づける表現。新しい情報を加えるのではなく、すでに書かれている情報の合計をどう読むかを示すもので、表向きの数字と実態がずれているときにこそ意味を持つ。셈は「勘定・計算」を表す名詞であり、この表現の働きもまさにそれである。

活用・つき方

셈は依存名詞なので、前の節には連体形が付き、分かち書きする。完了した動作には-(으)ㄴ 셈이다(줄어들다→줄어든 셈이다、커지다→커진 셈이다)、形容詞にも-(으)ㄴ 셈이다(싸다→싼 셈이다)、進行中のことには-는 셈이다(오르다→오르는 셈이다)。ㄹで終わる語幹はㄴの前でㄹが落ちる(만들다→만든 셈이다)。名詞の場合はN인 셈이다。時制と丁寧さは文末の이다が担う(셈입니다、셈이었다)。

例文

よくある間違い・ニュアンス

-(으)ㄹ 셈이다をこの表現の未来形と読まないこと。あちらは「〜するつもりだ」という別の文法で、多くの場合いぶかしむ響きを伴う(어쩔 셈입니까=どうするつもりですか)。「実質〜だ」の意味になるのは-(으)ㄴ・-는の形だけである。もう一つ、셈이다は報告ではなく判断であることを意識したい。額面どおりの数字にこれを付けても何も足されず、そのまま書いたほうがよい。

似た文法との違い